母親になり子育ての忙しさの中で、自分が不安症だったことを時々忘れていました。
もしかして私は治ったのかな?と思うほどでした。
しかし、それは生活の中で何も刺激されるものがなかっただけで、心の深いところであの恐怖心は静かに封印されたままでした。
このまま人前に立つ機会などなく、ひっそりと生活していきたいと願っていました。たとえ自分のやりたいことが出来なくなっても、それでもいいからこの病気のことは誰にも知られずにいたいと思っていました。

ところが子育ての中で避けては通れないものがひとつありました。
それはPTAでした。毎年役員決めが難航するので立候補がない場合はくじ引きで選ばれます。私は何度か当たり役員になりました。
子供が最終学年の年、PTAの役員が卒業式あとの謝恩会の役員も兼ることが決まっていました。
その役員をくじ引きで決めることになり私はなんと式の司会を引いてしまったのです。ショックで全身が凍り付くように冷たくなりました。よりによって司会?「私に司会は無理です」と必死に訴えました。でももう決まったことだからという事になってしまったのです。司会は二人でやることになりました。
マイクを持って大勢の人の前に立ち話すなんてとても出来ません。マイクには思い出したくないトラウマになるような出来事がありました。
若い頃、友人の結婚式でスピーチを頼まれ、断りきれず引き受けたのです。
きっと緊張してしゃべれないと思っていたので、紙に書いたメモを読み上げようと思っていたのですが当日、司会の人に名前を呼ばれ立ち上がった瞬間、緊張して体がこわばり声が出なくなってしまったのです。
どうしよう・・どうしよう・・声が出ない・・ただただ焦るばかり。マイクを握りしめじっと下を見つめ固まってしまいました。あの小学一年生の授業と同じ感じでした。
何分間そうしていたのか分かりません。私にはその静まり返った時間がとても長く感じました。
司会の人が「ご友人も胸がいっぱいのご様子です。涙で言葉が出ないほどです。ありがとうございました。皆様大きな拍手を・・」と言って終わりました。私は涙も出ませんでした。
これがマイクを持つときのトラウマになってしまったのです。
そんな私が司会をするなんて・・本当にこの時はどうして良いのか分からなくなりました。

絶望の果てに私がとった行動は、話し方教室に通うことでした。
本やインターネットで調べ、スピーチや人前で話すことが上手になるコースを受講することにしたのです。
どきどきしながらその教室に行くと30人くらいの若い人が来ていました。
半分は仕事でプレゼンテーションの時にうまく話したいという人たちで、もう半分が人前に立つと震えたり、顔が赤くなるといった身体の症状が出るような人たちでした。
授業は主に、発音の仕方、呼吸法、リズムの取り方などテクニック的なものが多く、スピーチを人前でして慣れるといったものでした。
この方法は私には本当に合わない練習でした。
おそらく身体症状に出ている人たちにも合わなかったように思います。
なぜなら、いくら人前で話す訓練を積んでも人前が怖いと思っている限り、うまくしゃべれないからです。プレゼンがうまくなりたい人にとってこの訓練は有効ですが、震えたり、私のように呼吸が苦しくなる人にとっては残酷な練習としか思えませんでした。
例えば、胃が痛いという症状が出ているとしたら、何が原因で胃が痛いのか調べます。それをしないで、ただ胃薬を飲んでもまた胃が痛くなるかもしれません。
人前で声が震えるという症状が出たら、発声練習をするのではなく、どうして声が震えるのかその原因をみていく必要があるのです。でもその時の私にはそれが分かりませんでしたし、なんとか症状を抑えたいという対処療法を選んでしまったのです。
毎回、震える人はガタガタと震え続け、顔が真っ赤になる人はそれを繰り返して辛そうでした。私は毎回、自分の番になると思うと予期不安が起こり体が氷のように冷たくなって、指名されると無表情でぼそぼそしゃべり先生に怒られました。
それでも最後まで続けました。
なんとかコースを終え、いよいよ謝恩会を迎えました。
謝恩会当日まで、お酒を飲んでしまおうか・・・と何度もこの思いが頭をよぎりました。でもそれはやめたのです。なんとか自分の力で乗り越えてみたいという気持ちもありましたし、あんなにつらい練習をしてきたのだからという意地もありました。不安症の人がアルコールに走りやすく依存しやすいと聞いたことがありますがその気持ちは良くわかります。
謝恩会はもう一人の司会の人に助けられ、なんとか無事に最後までできました。
マイクを持っても固まることなく話せました。
その時気が付いたのですが、大勢の人が私を見ていない舞台の袖で話すのはさほど緊張しないということでした。
私の怖さは、みんながこちらを見ている、声を聞いているということだったのです。
みんなが他の人を見ていたり、ざわざわした中でしゃべることは平気でした。

この経験は少しだけ私に自信をつけてくれました。あの時逃げずに引き受けてよかったと思いました。
そしてこの不安症は自分に向き合わないと、治らないということも分かりました。

この後、自分と向き合うまでにしばらく時間がかかりました。(つづく)

 

 

 

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