不安症克服⑥ インテグレイテッド心理学との出会い

長い間、暗いトンネルを不安を抱えたまま歩いていました。
自分の進んでいる方向も分からないまま。

不安が心にあると人とのコミュニケーションが難しいです。
私は先生や権威のある人、きつい言い方をする人に恐怖を感じていましたのでそういう人との接触を避けていました。
仕事や学校などではどうしても避けることができないので、次第に苦しくなってしまいます。本当はその仕事を続けたいと思っていても人間関係でうまくいかないために断念することになってしまいます。
また不安ベースで生きていると、被害者意識になりやすいということもあります。
ちょっとした事を相手から言われただけなのにすごく気にしたり、相手が自分をいじめているように感じたりします。
不安が心にある人は、相手の言動に過剰に反応します。
周りが敵に見え攻撃してくるように感じたりもします。

私は人間関係に疲れていたころ、溝口あゆかさんが教えているインテグレイテッド心理学に出会いました。この心理学は「非二元(悟り)の教え」と「心のしくみ」を統合させたものです。
このインテグレイテッド心理学をベースにしたカウンセリングやセラピーは、セラピストの解釈を一切入れず、自然観察のように人の心をあるがままに深いところまで見つめるというものでした。
私はこの心理学に感動し学ぶことにしたのです。
学んでいるうちに何が私を苦しめていたのかが分かるようになってきました。
そしていよいよセラピーを受けることにしたのです。(つづく)

 

スピーチ恐怖症⑤ 母親になって

母親になり子育ての忙しさの中で、自分が不安症だったことを時々忘れていました。
もしかして私は治ったのかな?と思うほどでした。
しかし、それは生活の中で何も刺激されるものがなかっただけで、心の深いところであの恐怖心は静かに封印されたままでした。
このまま人前に立つ機会などなく、ひっそりと生活していきたいと願っていました。たとえ自分のやりたいことが出来なくなっても、それでもいいからこの病気のことは誰にも知られずにいたいと思っていました。

ところが子育ての中で避けては通れないものがひとつありました。
それはPTAでした。毎年役員決めが難航するので立候補がない場合はくじ引きで選ばれます。私は何度か当たり役員になりました。
子供が最終学年の年、PTAの役員が卒業式あとの謝恩会の役員も兼ることが決まっていました。
その役員をくじ引きで決めることになり私はなんと式の司会を引いてしまったのです。ショックで全身が凍り付くように冷たくなりました。よりによって司会?「私に司会は無理です」と必死に訴えました。でももう決まったことだからという事になってしまったのです。司会は二人でやることになりました。
マイクを持って大勢の人の前に立ち話すなんてとても出来ません。マイクには思い出したくないトラウマになるような出来事がありました。
若い頃、友人の結婚式でスピーチを頼まれ、断りきれず引き受けたのです。
きっと緊張してしゃべれないと思っていたので、紙に書いたメモを読み上げようと思っていたのですが当日、司会の人に名前を呼ばれ立ち上がった瞬間、緊張して体がこわばり声が出なくなってしまったのです。
どうしよう・・どうしよう・・声が出ない・・ただただ焦るばかり。マイクを握りしめじっと下を見つめ固まってしまいました。あの小学一年生の授業と同じ感じでした。
何分間そうしていたのか分かりません。私にはその静まり返った時間がとても長く感じました。
司会の人が「ご友人も胸がいっぱいのご様子です。涙で言葉が出ないほどです。ありがとうございました。皆様大きな拍手を・・」と言って終わりました。私は涙も出ませんでした。
これがマイクを持つときのトラウマになってしまったのです。
そんな私が司会をするなんて・・本当にこの時はどうして良いのか分からなくなりました。

絶望の果てに私がとった行動は、話し方教室に通うことでした。
本やインターネットで調べ、スピーチや人前で話すことが上手になるコースを受講することにしたのです。
どきどきしながらその教室に行くと30人くらいの若い人が来ていました。
半分は仕事でプレゼンテーションの時にうまく話したいという人たちで、もう半分が人前に立つと震えたり、顔が赤くなるといった身体の症状が出るような人たちでした。
授業は主に、発音の仕方、呼吸法、リズムの取り方などテクニック的なものが多く、スピーチを人前でして慣れるといったものでした。
この方法は私には本当に合わない練習でした。
おそらく身体症状に出ている人たちにも合わなかったように思います。
なぜなら、いくら人前で話す訓練を積んでも人前が怖いと思っている限り、うまくしゃべれないからです。プレゼンがうまくなりたい人にとってこの訓練は有効ですが、震えたり、私のように呼吸が苦しくなる人にとっては残酷な練習としか思えませんでした。
例えば、胃が痛いという症状が出ているとしたら、何が原因で胃が痛いのか調べます。それをしないで、ただ胃薬を飲んでもまた胃が痛くなるかもしれません。
人前で声が震えるという症状が出たら、発声練習をするのではなく、どうして声が震えるのかその原因をみていく必要があるのです。でもその時の私にはそれが分かりませんでしたし、なんとか症状を抑えたいという対処療法を選んでしまったのです。
毎回、震える人はガタガタと震え続け、顔が真っ赤になる人はそれを繰り返して辛そうでした。私は毎回、自分の番になると思うと予期不安が起こり体が氷のように冷たくなって、指名されると無表情でぼそぼそしゃべり先生に怒られました。
それでも最後まで続けました。
なんとかコースを終え、いよいよ謝恩会を迎えました。
謝恩会当日まで、お酒を飲んでしまおうか・・・と何度もこの思いが頭をよぎりました。でもそれはやめたのです。なんとか自分の力で乗り越えてみたいという気持ちもありましたし、あんなにつらい練習をしてきたのだからという意地もありました。不安症の人がアルコールに走りやすく依存しやすいと聞いたことがありますがその気持ちは良くわかります。
謝恩会はもう一人の司会の人に助けられ、なんとか無事に最後までできました。
マイクを持っても固まることなく話せました。
その時気が付いたのですが、大勢の人が私を見ていない舞台の袖で話すのはさほど緊張しないということでした。
私の怖さは、みんながこちらを見ている、声を聞いているということだったのです。
みんなが他の人を見ていたり、ざわざわした中でしゃべることは平気でした。

この経験は少しだけ私に自信をつけてくれました。あの時逃げずに引き受けてよかったと思いました。
そしてこの不安症は自分に向き合わないと、治らないということも分かりました。

この後、自分と向き合うまでにしばらく時間がかかりました。(つづく)

 

 

 

不安を隠して ④社会生活

大人になるころには不安を抱えた自分、それが本当の自分なんだと思えるようになっていました。
人に自分がビクビクしていることを知られないように、また不安にならないよう行動に気を配りながら生きていました。

社会に出て一番困ったことは、職場で電話に出ることでした。
電話に出て言葉を話そうとすると、初めての音が発音できないのです。
家で何度も電話でしゃべる練習をしました。家ではきちんと発音できるのです。
でも実際電話が鳴って受話器を取って話そうとすると、第一音が出ないのです。
焦ってどうにかしようと必死になるのですが、よけいに言葉が出なくなるのです。これがとてもみじめでした。
周りの人たちに、どもった様子を真似されて笑われるようになりました。
とても恥ずかしかったのですが、笑ってそれをごまかしていました。
それから電話が鳴ると心臓がバクバクするようになったり、手がかすかに震えるようになりました。
その怖さを感じないように平静を装い仕事をしていました。
それでも心の優しい友人に恵まれ平和な日々を送れるようになっていました。
その後、結婚、出産、子育てを経験しました。
主婦生活は私を人前に出るプレッシャーから解放してくれました。
また、子育てをして子供がこんな風に感情を思いっきり出すということを知り驚きました。私はどれだけ自分の感情を抑えてきたのでしょう?
そう思うと心の中に閉じ込めた小さな自分がかわいそうになりました。
泣きたいのに泣かなかった私。怒りたいのにがまんしていた私。
子供時代に思いっきり自分の感情を出せた子供は、どんな感情が自分の中にあっても良いと健全に育っていきます。
医学博士の斎藤学先生の「インナーマザー」(大和書房)の中で、
「腹を立てたときには怒ったり、怖いときには泣いたり、不安なときにはその気持ちを言葉に出して訴えたり、見たり感じたりしたことを話し、受け止めてもらいながら、子供の心は健康に成長していきます。」と書かれています。
この当たり前のようなことが、私のしてこなかった事だとわかりました。
(つづく)

社会不安障害 ③思春期

社会不安障害 Social Anxiety Disorder(SAD)または、社交恐怖 Social phobiaという言葉を聞いたことがありますか?
大勢の人を前にして話したり、会議などでプレゼンテーションをしたり、また偉い人(学校の先生、上司、医者)や良く知らない人と話をする、といった状況に自分がおかれるときに緊張したり不安を感じます。
社会不安障害の人はこの不安を普通の人よりも強く感じ、こういう状況を回避しようとして日常生活に支障をきたしてしまう病気です。
症状としてはある特定の状況や人前で何かをするときに、緊張感が高まり、発汗する、声が出ない、手足が震えるなどがあります。
私が不安や恐怖を感じたのは、人前で電話をかける、人前で食事をする、人前で字を書く、みんなの前で発表する、試験を受けることでした。
そしてそれをすると想像しただけでも、動悸がしたり息が苦しくなりました。

自分の症状を誰にも相談できずに中学生になりました。相変わらず学校と先生に恐怖を感じ、また小学校の時のように同じ症状が現れるのではという不安が常に胸にありました。そのため周囲に不信感を持たれないようにそういった状況を回避していました。
授業中は手を上げない、発言しない、注目をあびない。
中学校、高校を通して6年間これを貫き通しました。
仲の良い友達とは普通にしゃべれるので私が不安や恐怖心を持っていることを誰も知らなかったと思います。
心の中では、内気な性格がこんな症状を起こしていると信じていました。
私はダメ人間というレッテルを貼り、いつもコンプレックスを抱え生きていました。いろいろな事にチャレンジできないみじめさ、人に本当のことを言えない苦しさ、あふれ出る苦しい感情。
私は自分の中にある弱さ、汚さ、醜さ、ずるさを全部切り離したいとずっと思っていました。それを持っている自分が嫌いで苦しかったのです。
なによりも、自分を自由に表現できない悲しみに心が疲れてしまっていました。

今の私も弱くて汚くて醜くてずるい部分を持ち合わせていますが、そんな自分が好きです。
私たちは崇高な愛とずるい悪の両面を持っています。
心は両面どころか多面体でできていて
どの面があったとしても人間は完璧だと私は思っています。
でもその頃の私には到底そうは思えなかったのです。

大人になる私の中で不安は静かに進行していました。(つづく)

 

不安症 ②小学校

小学校へ入学してからは、幼稚園のころよりますます過酷な状況が私を待っていました。
幼稚園では誰かの後ろに隠れていたり、黙っていても先生が何とかしてくれていたのでどうにか過ごすことができましたが、小学校ではそんなことではすまされません。みんなの前で発言する機会が増え、周りの人たちと会話は当然要求されます。
私は授業が苦痛でなりませんでした。まず、先生が怖いのです。先生に見られていると思うと耐えられないのです。もちろん先生が私に何かしたわけでもありません。でもなぜか先生がとても怖くていつも下を向いて授業を受けていました。
そして授業中、先生にさされて答えると思うと恐怖で逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。不安症の人は常にこんなふうに怯えているので、勉強に身が入らないのです。当然、勉強のパフォーマンスが下がります。防御の方にエネルギーを使ってしまっているので疲れやすという特徴もあります。6歳の私はそのシーンを処刑されるようなイメージで覚えています。
不安症の人の怖いというイメージは人それぞれ違いますが、私の場合は殺されるようなイメージが強かったです。
いつものように下をむいて授業を受けていたある日、先生が私の名前を呼んで答えなさいと言いました。私は緊張して立ち上がりました。
そして次の瞬間、気を失ってしまったのです。
その後の記憶は全くありません。
その日、普通に自分で家に歩いて帰ったのでおそらくほんの一瞬の出来事だったのだと思います。
一学期中、何度か授業中にこのように意識を失いました。
そのフリーズ(凍結)は自分の身を守るための最大の防御だったと思います。
もうどうすることもできない処刑台の自分の状態のピークだったのです。
母が担任の先生に呼びだされ、もっと親子のコミュニケーションやスキンシップをすること、休みの日には家族でどこか遊びに行くよう言われたようでした。
先生は私が誰とも話さないのは、性格の問題と親との問題があると思ったようでした。
この時も、私が「話せない」と思っているのにみんなは「話さない」と思っているのがとても苦しかったです。
ある日、近所の仲良い友達の家に遊びに行ったことがありました。
家に友達がいると思い、玄関ではなく庭の方から、部屋の中をのぞいたとき友達のお母さんが急に顔を出したのです。私は驚いて言葉が出なくなりさっと逃げ出してしまったのです。
後日、母が友達のお母さんからその話を聞いて私に問いただしました。
「どうして何も言わなかったの!挨拶くらいできるでしょう。こそこそして・・」
あまりに母が怒鳴って怖いので真実を話せませんでした。
母はこんな泥棒みたいな娘をもって情けない、と泣きながら私を責めました。
「本当はびっくりして言葉が出なかったの」と言えなかった自分が情けなくてしかたがありませんでした。何度も「こんにちは」と言えたらよかったのにと悲しくなりました。
学校でも相変わらず先生に誤解をされ、自分の主張をできないまま4年生になりました。それまで一度も前に出て話すことも、手を挙げて答えることもしないままでした。
私の不安症は人前でしゃべること、先生や知らない人と話すこと、人前で字を書くことへの恐怖がひどくなっていました。
4年生になって担任がかわり、その先生が初めて私に「よしこは本当はいい子だよ」と言ってくれたことがありました。
私はそれまで自分は悪い子だ、嘘つきで、ずるい子で情けないだめな子だと信じていましたのでその先生に言われた言葉を聞いてとても驚きました。
母が何度も自分の人生の苦労話をするたび、私の中で母を何とかして幸せにしないといけないという気持ちがわきおこりました。でも私は母を悲しませてばかりいるのでつらくなってしまうのです。(今ならそれは母の境界線を越えているのだとわかります・・)9歳の私は、母を幸せにしよう・・と思う反面、こんなに苦しい私を理解してくれない母に憎しみを感じていて、そのジレンマや罪悪感で窒息しそうでした。その時期に先生と出会いました。
先生は大学を出たばかりで初めて担任のクラスを持ち、いつも子供の目線に立って話を聞いてくれるような人でした。
先生は私の話せないという症状を理解してくれた初めての人でした。
授業中、先生は手を上げるときに、分かっている人は手をパーで、分からない人はグーにしてグーの人には当てないというシステムを考えてくれました。
私は人生で初めて手をあげるということにチャレンジしました。
それがとても楽しかったです。
私はその先生のおかげで、だんだんクラスの人と話せるようになってきました。
それでも心の中にある、不安感は消えることはありませんでした。(つづく)

私の心の病気 しゃべれない ① 幼稚園

私のこころの病気について書いてみようと思います。
これを読んで自分も同じような体験で悩んでいるという人や、周りに同じように苦しんでいる人がいる、もしかしたら自分の子供がそうかも・・・そのような方々に少しでもこころの病気に対する理解が深まり、必ず回復し自分らしく生きていけることを知ってほしいと思います。
今まで誰にもこのことを言えなかった理由は、私は一生これを隠して生きていこうと思うほど自分を恥じていました。また長年、母に対して様々な思いがあったからです。
この問題を時間をかけカウンセリングで自分に向き合った結果、ようやく母を心から許せるようになり、自分の中にあった罪悪感が消えました。
誰も悪くない、だれも責めたりしないという視点でこの体験を書いています。
幼稚園、小学校、思春期、大人になるまでこの症状は続きました。
少しずつ書いてみようと思ってます。もしよかったらお読みください。

幼稚園に入学してまもなくのころ、ちょうど4歳だった私は毎日幼稚園の先生に誰もいない部屋で濡れた下着を替えてもらっていました。家に帰ったらまたお母さんに怒られると思いながら黙ってうつむきながら。
母は予想通り家に帰ると「どうして先生にトイレに行きたいといえなかったの」「あなたは赤ちゃんじゃないんだから言えるでしょう」「まったく何回いえばわかるの」と怒鳴りました。幼稚園で借りた下着を洗濯している母を見るのがつらく、おもらしをする自分が何よりもみじめでした。でもどうしても緊張して声が出せなかったのです。
そして最後はトイレに行けず、みんなの前でおもらしをしてしまうという恥ずかしい事態になってしまうのです。

場面緘黙(ばめんかんもく)という言葉をご存知ですか?
家族や仲のいい友達とは普通に話せるのに、先生、医者、知らない大人、人前や特定の場面で話しができなくなる症状をいいます。これは不安症のひとつです。
私は幼稚園のころからこの場面緘黙だったのです。
もちろんこの不安症の名前を知ったのは大人になってからです。
これがどのようにして発症するのか、そのメカニズムはまだ研究段階で分かっていません。ただこの場面緘黙の認知が低いために「わざと話さない」と思われ周りから理解されずに心無い言葉に傷ついている人が多くいます。
本当は話したいのに「話せない」
私は家では普通にしゃべっているので、母はこの症状を理解できませんでした。
幼稚園でトイレを我慢しすぎて膀胱炎がひどくなり手術一歩手前までになりました。
ある日、幼稚園の誕生日会で自分の誕生日をみんなの前で発表することがありました。
私はその発表会の前日、夜中に恐怖のあまりとび起きてしまったのです。「どうしよう・・・こわい」何がどう怖いのか自分でも分からず布団の中で幼稚園に行きたくないと泣いていました。
翌日の発表会のことは、はっきりと覚えています。
大勢の人がいて、舞台の上に立っている私は体が硬直してまっすぐ前を見ています。
舞台にはきれいな飾りがたくさんあり、周りのみんなは楽しそうに笑いあっています。
「お誕生日はいつですか?」と聞かれ、何もしゃべれない状態がしばらく続き、それから少し手が震えだしました。その時、先生が私の代わりにさっとマイクを持ち私の誕生日を言ってくれて、拍手とともに舞台から降りることができました。
その時もどうして誕生日を知っているのに言えなかったのかわかりませんでした。
この症状は小学校へ入学してますます悪化していきました。(つづく)

 

フェルトセンス タッピングの感想を頂きました

今月からスタートしたフェルトセンス・タッピングのモニターに
たくさんのお問い合わせをいただいています。
ありがとうございます。
セラピーを受けるというと、何か怖いことをされるのでは?とか
自分の心にあった悩みを知らない人に話すなんて・・・
このような心配をされる方もいらっしゃると思います。

セラピーは決して怖いものではありません。
また、私が何かを行うこともございません。
静かに自分の心と向き合うプロセスをセラピストは
見守るというスタンスです。

先日、フェルトセンス・タッピングのセラピーを受けてくださった
モニター様よりご感想を頂きました。
承諾の上、ご紹介させて頂きます。
以下より

「感覚を丁寧に追って、的確にリードしてくださったよしこさんのお陰で、
自分が認めたくなかったイタい私に出会えました。
どんな自分が出てきても、よしこさんがしっかりとそこで
受けとめてくれているという安心感があり、
信頼して自分を出すことができました。
ありがとうございました。
自分の心の深いところと向き合うことは、
まったく未知の自分に会いにいくようで、
時に勇気が必要かもしれません。
けれど、批判もアドバイスもせずにただそこで受けとめていてくれる
セラピストさんと一緒ならば、心の深みにダイブしていくのは
「置き去りにされた自分を迎えにいく忘れられない旅」になると思います。
自分と向き合いたいけれど、1人ではどうしていいかわからないという方に、
よしこさんとのセッションをお勧めしたいです。
セッションはSkypeで受けましたが、
よしこさんの温かくて落ち着いた雰囲気が
とても素敵なので、いつか対面で受けたいなぁと思いました。」

A様、丁寧なご感想をありがとうございます。
認めたくなかった自分は、
本当の気持ちがしまわれた扉の鍵を持っています。
その奥に隠された物は何なのか?
鍵を開けるには、まず鍵を持っているその自分と
ちゃんと向き合う必要があるのです。
置き去りにされた自分の声を聞いてあげること
その自分との対話・・
それがとても大切なことなのです。
扉の中にあるものは、自分にしか発見できません。

その発見を一緒にしてみませんか?

 

 

アロマテラピーとは?

アロマテラピーとは

アロマという言葉は最近よく耳にするようになりました。
いい香りのするシャンプーやボディソープの名前に多く使われていますね。
アロマ(Aroma)とは香りを意味し、テラピー(Therapy)は療法を合わせた
アロマテラピー(芳香療法)という造語になります。
アロマテラピーは植物の有効成分(精油)を使って行う自然療法なのです。

精油(エッセンシャルオイル)とは?

オレンジのフレッシュな香りを嗅いだ時に食欲が出てきたり
森林を歩いて木々の香りに心が落ち着いたり
花の香りで悲しみが和らいだり
私たちは植物の香りによって、体や心は知らない間に癒されています。
精油(エッセンシャルオイル)とは植物の葉、枝、花、種子、果皮、樹皮からとれる天然の化合物が何百種類も集まって出来た有機化合物です。その液体に含まれる香りの成分を使ってトリートメントや芳香浴、アロマグッズやコスメを作り様々な方法で体や心の自然療法を行うことができます。
この精油(エッセンシャルオイル)と呼ばれるものは100%天然の成分のものしか使えません。

EFTに興味がある方へ

EFTってどんなセラピー?

 

EFT(エモーショナル・フリーダム・テクニック)
EFTは体にあるツボをタッピングすることによって、体の内側にため込まれたエネルギーを流しネガティブな感情を解放するセラピーです。

こんなお悩みに

このセラピーはJMET主催の講座を受けることで、自分で自分をセラピーできるようになります。
こんなお悩みをお持ちの方へ
*身体症状の緩和
*怒り、悲しみ、不安感、嫌悪感などの解放
*不眠
*トラウマ
*やめられない癖

感情の正体って?


例えば、「誰も自分のことを理解してくれなくて悲しい・・」と感じているとき、その悲しみは一体何でできているのでしょうか?また、その悲しみって自分のどこにあるのでしょう?
何がこの悲しみを引き起こしているのでしょうか?
同じ状況でも悲しいと感じない人との違いは何でしょう?

この悲しみという感情はエネルギーです。


そしてこのエネルギーは体の中にとどまっています。
この悲しみを引き起こしているものは、誰も自分を理解してくれないという思いにあります。潜在意識の中まで見ていくならば、もしかしたらもっと別の理由が見つかるかもしれません。例えば、私はいつもひとりぼっちだ、私は誰にも頼れない、人はいつか裏切る・・など(間違った)自分の信念が見つかる場合もあります。
同じ状況にいても、それを悲しいと捉える人と捉えない人がいるのは、その人の持つ信念の違いにあります。つまり、もし無意識レベルで、私は本当は愛されている、みんなが助けてくれる・・と信じていた場合、世界はどのように見えるでしょうか?もしかしたら別の感情が浮かんでくるかもしれませんね?

でもこのネガティブな感情は悪者ではありません。
怒り、憎しみ、嫉妬、無力感、孤独感、焦燥感・・すべての感情は私たちの中に自然に浮かんでくるものなのです。あったらいけない感情など一つもありません。
ただ、この感情を手放せないでいつもでも体にとどまり続けることで、苦しみが生まれてきたり身体面での不調にもつながる可能性があります。

本来エネルギーは自由に動く性質を持ち、それが一番自然な状態です。
怒りのエネルギーが現れて、そしてやがて消える・・・
これが私たちの自然な心の状態です。
でも、ネガティブな感情を手放せないでいると、このエネルギーが本当は動きたいのに無意識に抑圧されて行き場がなくなってしまうのです。

EFTではこの体にたまった(動かない)エネルギーをツボをタッピングしながら、流してエネルギーの通りをよくしていきます。
したがって感情と体の同時の癒しが起きるのです。