私の心の病気 しゃべれない ① 幼稚園

私のこころの病気について書いてみようと思います。
これを読んで自分も同じような体験で悩んでいるという人や、周りに同じように苦しんでいる人がいる、もしかしたら自分の子供がそうかも・・・そのような方々に少しでもこころの病気に対する理解が深まり、必ず回復し自分らしく生きていけることを知ってほしいと思います。
今まで誰にもこのことを言えなかった理由は、私は一生これを隠して生きていこうと思うほど自分を恥じていました。また長年、母に対して様々な思いがあったからです。
この問題を時間をかけカウンセリングで自分に向き合った結果、ようやく母を心から許せるようになり、自分の中にあった罪悪感が消えました。
誰も悪くない、だれも責めたりしないという視点でこの体験を書いています。
幼稚園、小学校、思春期、大人になるまでこの症状は続きました。
少しずつ書いてみようと思ってます。もしよかったらお読みください。

幼稚園に入学してまもなくのころ、ちょうど4歳だった私は毎日幼稚園の先生に誰もいない部屋で濡れた下着を替えてもらっていました。家に帰ったらまたお母さんに怒られると思いながら黙ってうつむきながら。
母は予想通り家に帰ると「どうして先生にトイレに行きたいといえなかったの」「あなたは赤ちゃんじゃないんだから言えるでしょう」「まったく何回いえばわかるの」と怒鳴りました。幼稚園で借りた下着を洗濯している母を見るのがつらく、おもらしをする自分が何よりもみじめでした。でもどうしても緊張して声が出せなかったのです。
そして最後はトイレに行けず、みんなの前でおもらしをしてしまうという恥ずかしい事態になってしまうのです。

場面緘黙(ばめんかんもく)という言葉をご存知ですか?
家族や仲のいい友達とは普通に話せるのに、先生、医者、知らない大人、人前や特定の場面で話しができなくなる症状をいいます。これは不安症のひとつです。
私は幼稚園のころからこの場面緘黙だったのです。
もちろんこの不安症の名前を知ったのは大人になってからです。
これがどのようにして発症するのか、そのメカニズムはまだ研究段階で分かっていません。ただこの場面緘黙の認知が低いために「わざと話さない」と思われ周りから理解されずに心無い言葉に傷ついている人が多くいます。
本当は話したいのに「話せない」
私は家では普通にしゃべっているので、母はこの症状を理解できませんでした。
幼稚園でトイレを我慢しすぎて膀胱炎がひどくなり手術一歩手前までになりました。
ある日、幼稚園の誕生日会で自分の誕生日をみんなの前で発表することがありました。
私はその発表会の前日、夜中に恐怖のあまりとび起きてしまったのです。「どうしよう・・・こわい」何がどう怖いのか自分でも分からず布団の中で幼稚園に行きたくないと泣いていました。
翌日の発表会のことは、はっきりと覚えています。
大勢の人がいて、舞台の上に立っている私は体が硬直してまっすぐ前を見ています。
舞台にはきれいな飾りがたくさんあり、周りのみんなは楽しそうに笑いあっています。
「お誕生日はいつですか?」と聞かれ、何もしゃべれない状態がしばらく続き、それから少し手が震えだしました。その時、先生が私の代わりにさっとマイクを持ち私の誕生日を言ってくれて、拍手とともに舞台から降りることができました。
その時もどうして誕生日を知っているのに言えなかったのかわかりませんでした。
この症状は小学校へ入学してますます悪化していきました。(つづく)